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JABSAインタビュー企画「ボーディングスクールと私」第1回

Updated: Apr 4, 2019


ボーディングスクールの在校生・卒業生を知ろう!このコーナーでは今までなかなか聞くことができなかった本音を語って頂きます。今回は...

Mr. Jin Hayashida経歴: 林田さんはアメリカニューハンプシャー州のProctor Academyを卒業後、Boston Universityに進学。大学を卒業後、Lehman Brothers, Bank of America/Merrill Lynch Securities, RBS Securities Japanを経て現在は野村証券でご活躍中。

以下からインタビュー本文 ​第1回インタビューアー:篠原麟太郎

Rintaro: Jinさん、今日は貴重なお時間をありがとうございます。自分は2017年の4月に西町インターナショナルスクールの頃からの友達2人とJABSA (ジャブサ)という学生団体を立ち上げました。現在は30人のメンバーと共に活動をしております。

JABSAはボーディングスクールに通う現役生、及び卒業生で構成されている完全に非営利な学生団体です。主なミッションはボーディングスクールの知名度を日本で上げることや、日本の学生にボーディングスクールという新たな高校生活のオプションを提案することです。

また、こういう活動を通じて、日本国内でのボーディングスクールの在校生・卒業生ネットワークを広げることも視野に入れ、活動をしております。

1. まず最初にボーディングスクールはJinさんにとってどういう場所でしたか?

Jin: 僕の人生を変えてくれた場所でした。アメリカの高校と大学に行って、高校の時は全校生徒が400人いる中で日本人は3人だけ。それとは反対にボストン大学ではもちろん当時から日本人は多くいました。高校では、日本人のいない中で生活をして言葉を覚えた場所でもあり、アメリカ人がどういう人たちなのかを覚えた場所でした。

麟太郎君もアメリカに行ってるからわかるかと思うけれど、100%良いことだけではなく、「俺は人種差別反対だ」と言っている人の中にも差別をする人はいたし、先生の中にもいた気がしています。ただ実は、僕がそういうことを感じ始めたのは大学に入ってからで、高校の時はピュアに感じ、自分の心がまだ澄んでいた時だったような気がしています。

高校生という自分がなんでも受け入れられる心を持ってる時に、スキー場や広大な敷地にキャンパスがあるProctor Academyという素晴らしい環境で、友達も増え、語学ができるようになり、そして先生たちとも仲良くなって、”Proctor Family”の中で自分は生きていました。"Proctor family" とはProctorのスクールカラーの緑をとり、学校の先生たちが 「Proctor Familyには緑の血が流れている」、と言っていました。僕もそのままに緑の血を感じ、毎日充実した生活を送っていました。

そんな生活の中でも、体の小さい僕はラクロス等でアメリカ人が狙ってタックルをされたりもしました。ただ、チームスポーツを楽しみ、チームメイトと仲良くしていた自分には、そんな事があっても「いじめ」や人種差別だというふうには全く思ってなかったです。それはきっとFamilyという言葉を感じる事が多々あり、みんながいつも友達だと感じていたからだと思います。

Thanksgivingや学校が休みになると「俺の家来いよ」、って言ってくれる友達に高校では出会え、高校を卒業し大学に進んでも、Proctorの同級生で家を借りてボストンの街で住みました。高校と大学との違いは、高校はチームプレーであり、大学は個人プレーだと僕は思っています。大学に入る頃にはみんな大人になってしまっていて、そこまでの関係を簡単に築くことはできない気がするからです。

人が寝ていても部屋に勝手に入ってきて「これ貸して」と言って持っていってしまうような事もありましたが、それも含めて朝から晩まで24時間一緒の空間にいて生活をするというボーディングスクールの高校でしか味わえないことを経験することができました。それがアメリカのボーディングスクールに高校から行く醍醐味であると思っています。ホストファミリー先に留学するのも良い経験だとは思いますが、同じ年頃の、違う言葉やカルチャーの子供たちが「朝から晩まで」一緒に生活をする。喧嘩しても体調が悪くても常に一緒に助け合わないといけない、そんな生活を日々送れるのがボーディングスクールです。

高校・大学の9年間のアメリカ留学を振り返ってみると、もちろん辛い時、悔しい時、理不尽な思いをしたこともありましたが、その9年間で自分は9年以上の経験をし、倍速で成長していたように思えます。

2. 苦労したことはありましたか?

Jin: 一番最初に入った時はやはり言葉のバリアが一番大変でした。僕は日本の中学の英語教育を受けただけで留学をしたので、素直に言うと相手の言ってることの9割9分わかってなかった(笑)

学校が毎週金曜日に映画に連れていってくれてたのですが、映画をみるのも言葉が分からないと大変でした。夕食時に先生が映画の名前を4つぐらいあげて行きたい映画を選ぶのですが、この日は「baseball」の単語が聞こえたので、「やった!今日は映画と野球観戦があるのか!」。久々に言葉のいらない企画で楽しくなるだとうと思い「baseball」に手をあげ黄色いアメリカながらのスクールバスに乗りました。しかし。。。期待したのもつかのま、案の定、着いたのは野球場ではなく映画館でした。「baseball」は野球観戦ではなくて野球をテーマにした恋愛ストーリの映画であり、それも野球のシーンはほぼない映画でした。こんな経験も今となっては笑い話ですが、当時は相当大変でした。

3. 高校時代の交友関係について教えてください。

Jin: 留学して間もない自分を助けてくれたのはルームメイトでした。きっと外人達は僕のことをからかう時に「金魚の糞」と呼んでいたんだろうなと思うぐらい、ルームメイトの後ろをついて回ってたいました。そうでないとご飯を食べに行く時間もわからないし、明日のスケジュール等を先生が話しているのも全然分からなない。ルームメイトが起きたら自分も起きないといけないし、彼が何か用意をしているなら僕も用意する (笑)。そしてそんな言葉もまともに話せない日本人を、Thanksgivingや休みになると、自分の実家に呼んでくれていました。最初のルームメイトはバハマから来ていて、彼の家にもお邪魔させて頂き、ルームメイトと彼のご両親にはとても良くして頂きました。反対の立場になって考えると、簡単にできることではないです。日本語がほぼ話せない留学生を、お正月自分の実家に呼んで、おせち料理食べさせてあげて、ずっと家に泊まらせてあげる。勿論その後もアメリカに行けば友達に会ったり、私の結婚式にも参列してくれたり、高校時代に会った友達は20年以上たった今でも友達です。

4. 息子さんにはボーディングスクールに行って欲しいと思いますか?

Jin: 高校生ぐらいになったら行かせたいなと思っています。麟太郎くんも留学をして幸せだった一人だと思うのですが、一つだけ忘れてはいけないのは全員が全員幸せじゃないっていうことで、みんなが成功して帰ってくるわけではない。麟太郎くんのように、うまく打ち解けられた子もいるし、それは、その子の性格、置かれた立場によるものだと思っています。例えば、日本人の多い学校に入ったのか、少ない学校に行くのか、どんなルームメイトに会ったのかという運もある。一概には言えないんだけれども、誰かにおすすめしますかって言われたら自分の経験上はおすすめする。どこから行かせたいかと聞かれたら、早いうちから行かせたいと話す。心がまだ純粋に受け止められるうちに行かせたいと思うからです。

5. そもそもなんでボーディングスクールに行こうと思ったんですか?

Jin: 姉が国の交換留学制度を使ってアメリカのユタ州に最初に留学をして、その後姉はマサチューセッツ州にあるNMH (執筆者・JABSA代表の篠原の通った学校)に行った時、僕もアメリカに行くことに興味を持ちました。僕の入れる学校を姉が探してくれて、まずはESLを教えてくれるような学校に2年間ぐらい入りました。最初の2年間行った学校は英語を学ぶには良かったですが、その後「自分はもっと頑張りたい」と思い、学校を探し、学問に力を入れているProctor Academyに入りました。

6. ボーディングスクールでの経験が今のお仕事で生きる時ってありますか?

Jin:それは日々感じています。証券会社に入り、多くの優秀な人たちと仕事をすると、日本の教育を大学まで受けた人でも英語を喋れる人は多いです。しかし、ボーディングスクールでの経験は、海外物の債券トレーディングに携わる仕事をしていると、語学以上のことを日々使って仕事をしています。例えばアメリカで盛んなアメフトの話題になれば、「君はどこのファン?」「俺Patriotsなんだよ」「そうか、俺はGiantsなんだよね」というような話をしながら仕事をするのと、仕事だけの話をするのとでは違う気がします。言葉を勉強しただけでは無く、文化を経験したのはとても良かったです。そして海外の文化を学んだだけではなく、自分が少数であり弱い立場に立つことを経験できたのも良かったです。日本にいればアメリカ人や日本人以外を「外人」と呼び、自分は大多数であるが、アメリカに行って少数の方になり、その苦しさや辛さを感じられた。少数の弱みをわかり、自分は絶対そういう差別的なことはしない人間にならないといけないっていうのを子供ながらに覚えたんだと思います。今の仕事でも色々な人達と仕事ができるので、その経験は今も生きていると思います。

Rintaro: 尋さん今日はお忙しい中インタビューにお答えくださりありがとうございました。Jinさんの通ったProctor Academyの情報は以下からどうぞ。

https://www.proctoracademy.org/page/Homepage

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JABSA (Japan-America Boarding School Association)​